蜜の室


薄暮(くれがた)の潤(うる)みにごれる室(むろ)の内(うち)、
甘くも腐(くさ)る百合(ゆり)の蜜(みつ)、はた、靄(もや)ぼかし
色赤きいんくの罎(びん)のかたちして
ひそかに点(とも)る豆らんぷ息(いき)づみ曇る。

『豊国(とよくに)』のぼやけし似顔(にがほ)生(なま)ぬるく、
曇硝子(くもりがらす)の※(「窗/心」、第3水準1-89-54)のそと外光(ぐわいくわう)なやむ。
ものの本(ほん)、あるはちらぼふ日のなげき、
暮れもなやめる霊(たましひ)の金字(きんじ)のにほひ。

接吻(くちつけ)の長(なが)き甘さに倦(あ)きぬらむ。
そと手をほどき靄の内(うち)さぐる心地(こゝち)に、
色盲(しきまう)の瞳(ひとみ)の女(をんな)うらまどひ、
病(や)めるペリガンいま遠き湿地(しめぢ)になげく。

かかるとき、おぼめき摩(なす)る Violon(※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)オロン) の
なやみの絃(いと)の手触(てさはり)のにほひの重(おも)さ。
鈍(にぶ)き毛(け)の絨氈(じゆうたん)に甘き蜜(みつ)の闇(やみ)
澱(おど)み饐(す)えつつ......血のごともらんぷは消ゆる。
四十一年八月


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